良い思い出など無い
そんな訳で
どーもNorikoです
物事ついた頃から給食が苦手だった話を綴りたい
給食が苦手な原因
母によると
子供向けの味付けや食感が合わなかったのではないか
とのこと
確かに食えないというより、食が進まないといった感覚の方が近かった
周りに大人が多かったため、固形物が食える歳から大人と同じものを食っていたらしい
いわゆる【子供にウケる味】が1ミリも刺さらなかったのかもしれない
ラーメン廃棄事件
保育園の給食のラーメンを食缶にあけようとしていたのを先生に捕えられ、理由を聞かれて
要らない
と言ったらしい
これは自分でも、うっすら覚えている
親の友達が飲食店を経営していて、本物のラーメンを食して育ったため、具材も麺もふにゃふにゃに煮込まれ、何がなんだかわからなくなっていたブツをラーメンと認識できなかったんだと思う
先程【食えないというより食が進まない】と言っておいてなんだが
この給食ラーメンに関しては本当に食えたもんじゃなかった
ホットミルクの膜事件
そもそも牛乳からして嫌いなのだが、冬場に出てくるホットミルクが地獄だった
表面に張る膜が気持ち悪くて無理だったのだ
マグカップのふちに付いたところから指で摘んで床に捨てていたらしい
その日お迎えに来た母は先生に注意されたと言う
記憶はないがゴミとでも思ったのかもしれない
【むしぱん】事件
ある日、初めて見た献立で、ちょっとした騒ぎになった
今日のおやつ【むしぱん】だって!
えっ…虫が入ってるの!?
そんなパンやだ!!!
どうしよう…
みんなで震えて待っていたところ出てきたのは蒸しパンだった
恐る恐る口にしたあと
「甘いパンだ!!良かった!!」
などと喜びの声が挙がる中、わしは案の定
(なんだこのふにゃふにゃの薄ぼんやり甘い物体は…これがパンだってのか?食パンのがうめぇじゃねえか)
と困惑していた
決して美味しくなかったが、一応食えるものではあった
完食するまで残されるシステム
まだまだ昭和のノリが残っていた時代
残さず食べることが絶対的ルール
完食できなければ机と椅子ごと残される
わしの保育園では給食後に掃除の時間があった
今考えると完食を強制されるのはもちろん、周りがほうきと雑巾かけてバタバタしてる汚い中で食事をしろなんて、とんでもねえ仕打ちである
最初のうちはどうしたって食べられないと泣いていたが、そのうち慣れた
- 結局食べられなければ容器回収の時間になって片付けられること
- なんなら掃除サボれること
に気付いたのだ
足元を雑巾がけしていく友達に「のりちゃんまだ食べられないのー?」など心配されるが
(早く終わんねえかな…)と退屈していた
大人になって改めて振り返ってみると
環境と性格の両方が噛み合わず、給食は自分に合っていなかった
と考えられる
小学校編に続くよ!
