今よりはまだまだ暑くないが、そこそこ暑い夏の日のこと
わしはリビングの床に寝そべり扇風機ぶん回して溶けていて、父がテレビで甲子園を見ていた
試合終了後、惜しくも負けてしまった選手達が退場していくところが写っている
先生に次いで主将からレギュラー陣が続々と出て来る
本気で挑んだ夏の日に儚く夢が散った彼ら
静かに泣きながらもカメラに会釈していく者
俯き咽び泣きながら帽子のつばで顔を隠していく者
号泣しながら早足で去っていく者
目を真っ赤にして涙を堪えていく者…
ふと最後尾の選手が目に入った
彼はベンチだったのか、1年生だったのかわからないが、中身がパンパンに膨らんだカバンを大量に持っていた
右肩から左腰、左肩から右腰にかけて斜めに2つ、右手と左手にも1つずつ
ただでさえバカデカい野球用の重そうなカバンを4つも持たされている
みんな1つしか持っていなかったのに、何故彼だけあんなに大荷物なんだ
理不尽じゃないか?
しかし彼は大荷物をものともせず、力強い歩みで進んでくる
その表情がとても印象的で、ボーっと眺めていただけなのに、思わず
「えっ!?!?」
と声に出してしまった
彼は、ほくそ笑んでいたのだ
カメラには目もくれず、胸を張り、ただ自分の帰る道の先を、まっすぐ見つめて
それは決して意地の悪そうなほくそ笑み方ではなく
しかし清々しい表情でもない
とにかく、ほくそ笑んでいたのだ
【ほくそ笑む】という以外、何とも表現しがたい絶妙な面構えだった
いつか広辞苑に写真が掲載されるとしたら、NHKの過去の映像から探し出して絶対にあの彼を採用してほしい
あれから甲子園で何度同じ場面を見かけても、何年経っても彼のような選手は出てこない
もし今の甲子園であの彼がテレビに映っていたら
切り取られた写真がSNSに出て
「〇〇高校の何番君カバン持たされすぎじゃない?パワハラかよ」
とでも晒されたりするだろうか
あの彼は今どこで何をしているんだろう
もしお会いできたら、あのときの大量のカバンと素晴らしい表情に、どういう理由があったのか是非とも訊ねてみたい